「今日も何もできなかった」
やるべきことは頭の中にたくさんあるのに、体が動かない。
頑張らなきゃと思うほど苦しくなって、気づけば自己嫌悪ばかりが増えていく。
SNSを見ると、みんなちゃんと生きているように見えるのに、自分だけが止まっている気がする日があります。
今回は、「頑張れない自分が嫌い」と感じていた頃に考えていたことを書いてみます。
頑張れない日は、何をしても罪悪感があった
疲れているだけかもしれない。
少し休めば動けるかもしれない。
そう思って横になっても、頭の中ではずっと「何かしなきゃ」が鳴っていました。
休んでいても休めない。
何もしていない自分を責め続けてしまう。
結局、心も体も回復しないまま、一日が終わっていきました。
周りと比べるほど苦しくなった
本当は比べたくないのに、つい周りを見てしまう。
ちゃんと働いている人。
毎日努力している人。
前向きに頑張っている人。
そんな人たちを見るたびに、「それに比べて自分は…」と思ってしまいました。
でも今思うと、あの頃の自分は怠けていたわけじゃなく、ただ疲れ切っていただけだったのかもしれません。
▶︎努力しても結果が出ないと感じてつらいときの考え方|頑張っているのに報われないと感じたら
「頑張らなきゃ」が自分を追い込んでいた
苦しかった時期ほど、自分に厳しくしていました。
もっと頑張れ。
甘えるな。
こんなんじゃダメだ。
でも、人ってずっと全力ではいられません。
心が限界に近づいている時ほど、「努力不足」ではなく「休息不足」の場合もあります。
それなのに、真面目な人ほど無理を続けてしまう。
優しい人ほど、自分には厳しくなってしまう気がします。
▶︎気を使いすぎて疲れる人の特徴|優しい人ほどしんどくなる理由
何もできない日は、立ち止まる日だったのかもしれない
以前の私は、「止まること=悪いこと」だと思っていました。
でも、本当に苦しい時って、無理に前へ進もうとしても動けません。
そんな時は、立ち止まることでしか守れない心もある。
最近は、何もできなかった日があっても、「今日は休む日だったんだな」と少しだけ思えるようになりました。
まだ完全にはできません。
それでも、前よりは自分を責める時間が減った気がします。
▶︎一人の時間がないと疲れる人の特徴|人といるだけで消耗してしまう理由
まとめ
頑張れない自分が嫌いになる日は、たぶん誰にでもあります。
でも、本当に疲れている時に必要なのは、「もっと頑張ること」ではなく、「ちゃんと休むこと」なのかもしれません。
何もできない日があってもいい。
立ち止まる日があってもいい。
少なくとも私は、そう思えるようになるまでに、かなり時間がかかりました。