「何もできなかった日」に、ちゃんと意味はある

今日は何もできなかった。

やろうと思っていたことは進まず、
気づけばスマホだけが進んでいる。

そんな日が、ある。

そして夜になると、
「今日の私は何をしていたんだろう」と
少しだけ自分を責めてしまう。

でもね。

何もできなかった日って、
実は「何もしていない日」じゃない。

考えすぎてしまう人が、なかなか「決められない」理由

――――――――――――――――――――――――――――

心は、見えないところで働いている

体は止まっていても、
心はずっと動いている。

・人間関係のことを考えていた
・未来の不安を整理していた
・言われた一言を反芻していた
・なんとなく疲れていた

目に見える成果はなくても、
内側ではちゃんと消耗している。

それを「何もしていない」と言うのは、
ちょっと厳しすぎる。

――――――――――――――――――――――――――――

立ち止まる日は、次に進む準備日

前に進めない日があるから、
前に進める日がある。

植物だって、
毎日ぐんぐん伸びているわけじゃない。

根を張る時間がある。

目に見えないところで力を蓄える時間がある。

人も同じ。

何もできなかった日は、
ただの休憩じゃない。

「整える日」。

――――――――――――――――――――――――――――

比べる相手は、昨日の誰かじゃなくて

SNSを開けば、
誰かの成果が流れてくる。

誰かの努力が、
誰かの成功が、
まぶしく見える。

でもその人にも、
何もできなかった日はきっとある。

見せていないだけ。

比べるなら、
昨日の自分とでいい。

昨日より1ミリでも優しくなれたなら、
それはちゃんと前進。

――――――――――――――――――――――――――――

今日がゼロでも、あなたはゼロじゃない

何もできなかった日。

それでもあなたは、

・ちゃんと起きた
・ちゃんと呼吸した
・ちゃんと今日を終わらせた

それだけで十分。

人生は、
毎日100点を出すゲームじゃない。

たまにゼロみたいな日があっても、
トータルで進んでいればいい。

今日はこれでいい。

明日もまた、
あなたのペースで。